判決要旨
控訴審判決を受け、代理人の西廣陽子弁護士にコメントいただきました。
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(西廣先生コメント)
伊藤詩織さん(以下、伊藤さん)の山口敬之氏(以下、山口氏)に対する不法行為に基づく損害賠償請求ついて、本訴と表現いたします。本訴については一審と同様に、300万円の慰謝料と30万円の弁護士費用、2万8300円の治療費が認められる内容でした。判決理由としては、一審と同様に、伊藤さんと山口氏の供述内容、どちらが信用できるかという点が検討され、伊藤さんの供述内容に信用があるとして、請求内容を認容しました。
一方山口氏が伊藤さんに対して申し立てた、名誉毀損とプライバシー侵害の不法行為に基づく損害賠償請求は残念ながら、55万円の認容判決となっています。これは主に伊藤さんの公表行為におけるデートレイプドラッグについての記述について、山口氏に対する名誉毀損とプライバシー侵害が認定され、伊藤さんについては真実相当性が認められないという判決となっています。
本訴については伊藤さんがこれまでの性暴力の被害者が泣き寝入りをしているシステムについて問いかけたいという彼女の訴えや願いについて、今回司法で回答してくださった、非常に常識に基づいた内容であったと思っております。また代理人としては、性暴力に関する判例として一つ内容のある判決が出たと、感じております。
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令和2年(ネ)第472号 損害賠償、謝罪広告等反訴請求控訴事件,同年(ネ) 第2593号 同附帯控訴事件(原審・東京地方裁判所平成29年(ワ)第33044号(以下「本訴」という。),平成31年(ワ)第2458号(以下「反訴」という。))
判決要旨
控訴人兼附帯被控訴人 山口敬之(以下,控訴人という。)
被控訴人兼附帯控訴人 伊藤詩織(以下,被控訴人という。)
主文
1 控訴人の本件控訴に基づき,原判決中,反訴請求に関する部分を取り消す。
(1)控訴人の反訴請求に基づき,被控訴人は,控訴人に対し,55万円及びこれに対する平成29年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
2 被控訴人の附帯控訴に基づき,原判決主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。
(1)控訴人は,被控訴人に対し,332万8300円及びこれに対する平成27年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人のその余の請求(附帯控訴に基づき拡張された部分を含む。)を棄却する。
3 訴訟費用(控訴費用,附帯控訴費用を含む。)は,第1,2審を通じてこれを50分し,その3を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
4 この判決は,第1項(1)及び第2項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 事案の概要
1 本件の概要
本訴は,被控訴人が,控訴人に対し,控訴人は,被控訴人が意識を失っているのに乗じて,被控訴人の同意なく,避妊具を付けずに性行為を行い,被控訴人が意識を取り戻し,性行為を拒絶した後も,性行為を続けようとしたため,肉体的・精神的苦痛を被ったなどと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円(合計1100万円)並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
また,反訴は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が主張する性行為は,被控訴人と控訴人との合意の下で行われたものであったのに,被控訴人は,控訴人を加害者とする性被害を訴え,これを不特定多数人に向けて発信又は流布し,これによって,控訴人の名誉及び信用を毀損するとともに,そのプライバシーを侵害したとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料2000万円,営業損害1億円及び弁護士費用1000万円(合計1億3000万円)並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,民法723条に基づき,名誉回復処分としての謝罪広告の掲載又はその受忍を求めた事案である。
2 原審の判断と控訴
原審は,被控訴人の本訴請求について,同人の同意なく性行為等が行われたことを認め,330万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,被控訴人のその余の本訴請求及び控訴人の反訴請求をいずれも棄却した。この判断を不服として,控訴人が控訴する一方,被控訴人も附帯控訴するとともに,その請求額について,治療関係費を加えた1123万0730円及びこれに対する遅延損害金に拡張した。
3 前提となる事実
(1) 被控訴人と控訴人は,平成27年4月3日夜,JR恵比寿駅(以下「恵比寿駅」という。)で待ち合わせ,串焼き屋(以下「本件串焼き店」という。) 及び寿司店(以下「本件寿司店」という。)において飲食をし,本件寿司店を出た後,タクシーに乗車して,同日午後11時20分頃,控訴人が宿泊するホテル(以下「本件ホテル」という。)に行った。そして,控訴人は,被控訴 人に対し,同月4日(時間については,当事者間に争いがある。),本件ホテルの居室(以下「本件居室」という。)において,避妊具を着けずに被控訴人の陰部に陰茎を挿入するなどの性行為(以下「本件行為」という。)をした(ただし,被控訴人は,本件寿司店のトイレで意識を失ってから本件行為による痛みを感じて同日午前 5 時頃に意識を取り戻すまでの間の記憶を失っていた旨主張している。)。
(2) 被控訴人は,本件行為やその後の経過等につき,次の公表行為(以下,一括して「本件公表行為」という。)を行った。
ア 被控訴人は,週刊新潮の記者による取材を受け,同記者に対し,被控訴人の同意がないにもかかわらず,控訴人が本件行為に至って性被害を受けたことについて述べたところ,週刊新潮は,同取材に基づき,平成29年5月18日号において,その性被害に関する記事を掲載した。
イ 被控訴人は,平成29年5月29日,司法記者クラブでの記者会見において,上記の性被害等に関する内容を述べるなどした。
ウ 被控訴人は,平成29年10月,著書「ブラックボックス」(以下「本件著書」という。)を発表し,上記の性被害等について公表した。
第2 争点
1 本訴請求関係
(1) 本件行為は,被控訴人の同意に基づくものではなく,不法行為となるか。
(2) 被控訴人の損害の有無及び金額
2 反訴請求関係
(1) 本件公表行為が控訴人に対する名誉毀損又はプライバシー侵害として不法行為となるか。
(2) 控訴人の損害の有無及び金額
(3) 謝罪広告掲載の要否
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所の主な認定事実(後記(2)の事実は被控訴人と控訴人の各供述の信用性を検討した上での認定である。)
(1) 本件行為に至るまでの経緯等
ア 被控訴人は,控訴人と恵比寿駅で合流し,平成27年4月3日午後8時頃までには本件串焼き店に行き,串焼き等を食べたほか,グラス2杯程度のビールと,グラスで1, 2杯程度のワインを飲んだ。その後,被控訴人と控訴人は,同日午後9時過ぎ頃,本件寿司店に行き,少なくとも2人で日本酒をそれぞれ2合から3合程度飲んだ。被控訴人は,本件寿司店のトイレで気分が悪くなり,その後,本件寿司店の従業員に,蓋をした便器に腰かけた状態で発見された。
イ 被控訴人は,同日午後11時頃,本件寿司店を出た際,千鳥足の状態であり,控訴人と被控訴人は,タクシーを拾って目黒駅に向かったが,控訴人は,タクシーが目黒駅に到着する直前,運転手に対し,都ホテルに行くよう指示し,本件ホテルに向かうこととなった。 この間,被控訴人は,気分が悪くなり,タクシーの車内で嘔吐した。
ウ 被控訴人は,本件ホテルに到着後,自力で降車することができず, 控訴人の介助を得てタクシーから降車した。そのとき,被控訴人は,足元がふらついていて単独で歩行するのは困難な状況であり,控訴人が被控訴人を支えて歩き,本件居室に入室した。
エ 被控訴人は,本件居室内やバスルーム内で嘔吐したため,控訴人の介助を受けて,ブラウスやスラックスを脱ぎ,ベッドで寝入った。控訴人は,吐潟物で汚れたブラウスを水で洗ってハンガーに掛けて干し,その後,メールのチェックや出発準備をした後,翌4日午前1時頃,ベッドで横になった。
(2) 本件行為の状況
ア 被控訴人は,同日午前5時頃,下腹部に痛みを感じて目覚めると,ベッドの上に全裸で仰向け状態になっており,控訴人が避妊具を着けずに被控訴人の陰部に陰茎を挿入していた。被控訴人は,控訴人に対し,繰り返し「痛い。」と訴えたが, 控訴人は,身体を離そうとせず,被控訴人が「トイレに行きたい」と言うと体を離したため,被控訴人はバスルームに入った。被控訴人は,バスルームの鏡を見ると,乳首から血が滲んでおり,体の所々が赤くなっていたことに気づき,早く本件居室から退出しなければならないと考え,バスルームから出た。そこに立っていた控訴人は,被控訴人をベッドに倒し,被控訴人にキスをしようと顔を近づけたため,被控訴人はこれを拒み,「痛い,やめてください。」と言うと,控訴人は,被控訴人の膝をこじ開けようとしたが,被控訴人が足を閉じて抵抗したところ,控訴人は性行為を止めた。
イ 被控訴人は,本件行為後,控訴人に対し,英語で,「何するつもりなの。」,「一緒に働く予定の人間にこんなことをして,何のつもりなの。」と問いただすと,控訴人は,「 ごめんね。」,「君のことが本当に好きになっちゃった。」,「早くワシントンに連れて行きたい。君は合格だよ。」と言った。また,被控訴人が,控訴人に対し,英語で「避妊もしないでもし妊娠したらどうするのか。 病気になったらどうするのか。」と言うと,控訴人は,「あと1, 2時間で空港に行かなくてはいけないので,その途中に大きなドラッグストアがあるので,ピルをそこで買いましょう。その間に一緒にシャワーを浴びよう。」などと言った。
被控訴人は,身支度をしようとし,下着を探していたところ,控訴人が被控訴人の下着を差し出しながら、「パンツくらいお土産にさせてよ。」,「いつもはできる女みたいなのに,今日はまた子どもみたいでかわいいね。」などと言った。被控訴人は,前日に着用していたブラウスが濡れていたため,控訴人が差し出したTシャツを受け取って着用し,その後,控訴人から「またね」といった言葉を掛けられた。
(3) 本件行為後の経緯等
ア 被控訴人は,平成27年4月4日,本件ホテルから帰宅後,同日午後,婦人科医院を受診し,モーニングアフターピル(ノルレボ)の処方を受け,服薬した。同医院のカルテには,同日午前2時ないし3時頃の性行為の際に避妊具が破れた旨の記載がある。
イ 被控訴人は,控訴人に対し,同月6日午後11時1分,「お疲れ様です。無事ワシントンヘ戻られましたでしょうか? VISAのことについてどの様な対応を検討していただいているのか案を教えていただけると幸いです。」とのメールを送信した。
ウ 被控訴人は,友人に対し,同月7日,控訴人による性被害について初めて打ち明け,同月8日には,別の友人にも同様に打ち明けて,同月9日,原宿警察署に行き,控訴人による性被害について申告した上,同月30 日には,高輪警察署に告訴状を提出し,同署はこれを受理した。
工 被控訴人は,同年5月7日,総合病院を受診し,医師から,妊娠の可能性はほぼないとの説明を受け,同月20日には,精神科クリニックを受診し,その後,外傷後ストレス障害との診断の下で,カウンセリングや治療等を受けた。
2 争点1 (1) (本件行為は,被控訴人の同意に基づくものではなく,不法行為となるか)について
(1) 本件行為の状況及びその前後の経緯等に関する供述の信用性について
上記の争点について判断するためには,双方の供述の信用性について検討することが重要であるが,以下のとおり,被控訴人の供述が信用できる。
ア 被控訴人の供述の信用性について
(ア) 被控訴人の供述の概要は次のとおりである。
被控訴人は,平成27年4月4日午前5時ころ,下腹部に裂けるような痛みを感じて目を覚ます と,控訴人が被控訴人に覆いかぶさって,避妊具を着けずに陰茎を挿入していた。これに抵抗すべく,「トイレに行きたい。」と言うと控訴人が体を離したため,バスルームに駆け込んだが,バスルームを出るや, 再び控訴人にベッドに押し倒されて,キスされそうになった。被控訴人は顔を背け,ベッドに 顔面が押し付けられる形となって呼吸が困難になり,控訴人に「痛い,やめて下さい」と言うと,控訴人は,膝をこじ開けようとしたため必死に抵抗し,控訴人が挿入を諦めた,というものである。
(イ) 被控訴人は,記憶を取り戻した平成27年4月4日午前5時頃以降の事象について,ほぼ一貫して,控訴人から性的被害を受けたことを具体的に供述していること,控訴人と被控訴人との間には,従前,性的行為を行うことが想定されるような親密な関係は認められないこと,被控訴人が,本件行為の直後から,友人,医師及び警察に対して,性的被害を受けたことを繰り返し訴えていることについては,被控訴人の供述を前提にすると,事実の経緯として合理的かつ自然に説明することができる。
また,控訴人が被控訴人の同意なく性行為に及んだとの虚偽の申告を行うべき動機は,証拠上認められず 被控訴人が控訴人を恨んでいたなどの事情もうかがわれない。
(ウ)被控訴人は,本件寿司店のトイレに入った以降,本件行為の最中に覚醒するまでその記憶を失くしていた旨を述べるところ,その飲酒量や医学的知見等に照らし,アルコ ール性健忘を生じたとしても矛盾するところはなく,その供述を信用することができる。
(エ)被控訴人の供述の中には,本件行為の時間について,婦人科医院の診療録の記載と齟齬するなど,一部事実に符合しない部分が存在する。しかし,同診療録の記載には,避妊具が破れたとの事実に反する記載が存在し,また,その当時,被控訴人が精神的に混乱していたなどの事情に照らすと,その信用性が否定されるというものではない。
イ 控訴人の供述の信用性について
(ア) 一方,控訴人の供述の概要は,次のとおりである。
被控訴人は,平成27年4月4日午前2時頃に目を覚ましてトイレに行き,冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んだ。その後,被控訴人は,控訴人からそれまでの経緯等を聞くや,控訴人に繰り返し謝罪して,「私は不合格ですか。」などと聞き,泣き出した。控訴人が被控訴人に対し,ベッドで寝るように言うと,被控訴人はベッドに横になったものの,「少しでもチャンスがあるならこっちへ来て下さい。」などと繰り返したため,控訴人は,根負けし,被控訴人 の寝ているベッドに移動し腰かけ,被控訴人をなだめた。被控訴人は, 寝返りを打ち,その左手を控訴人の左手に重ねて「絶対貢献します。頑張ります。」と言い,さらに,「私は不合格ですか。」,「私は頑張るんです。」などと繰り返し,左手で控訴人の右手を握り,引き込むように引っ張ったため, 控訴人は被控訴人と添い寝をする状態になった。そこで,控訴人は,被控訴人が明らかに性行為を誘ってきたものと理解し,同日午前2時過ぎころから本件行為を行った,というものである。
(イ)控訴人の供述も,本件行為の状況及びその前後の経緯等について具体的かつ詳細に述べるものであり,ミネラルウォー ターの消費記録と符合するかに見える部分も存在する。 しかし,被控訴人が性行為に誘う挙動をしたとの供述部分は,控訴人と被控訴人との間には,従前、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係があったとは認められないこと,被控訴人が,本件行為の直後から,友人,医師及び警察に対して,性的被害を受けたことを繰り返し訴え,平成29年5月以降,順次,本件公表行為を行っていることなどの事実経過と明らかに乖離するものである。また,本件ホテルに入る時点では,飲酒により強度の酪訂の状況にあった被控訴人が,わずか2時間半程度で,その真意に基づき控訴人を性行為に誘う挙動に至ることができたのかについては,素朴な疑問を解消することができない。
(ウ) 控訴人は,被控訴人が同意していたことを前提とした上で,本件行為を行ったことを自認するが,被控訴人の同意の有無は,控訴人に対する社会的な非難等の程度において著しい差異があり,控訴人が事実に反する供述に及ぶ動機はないとはいい難い。
(エ) 以上の検討によれば,本件行為の状況及びその前後の経緯等に関する控訴人の供述を信用することはできない。
ウ 本件行為の状況やその前後の経緯については,覚醒した時点以降の信用できる被控訴人の供述によって認定するのが相当である。
なお,控訴人が被控訴人と性行為を開始した契機は,判然としない面があるが,控訴人は,被控訴人が意識を失っている中,性行為を始めたと認めざるを得ず,控訴人は,被控訴人の同意がないのに,本件行為に及んだと認めるのが相当である。
(2) 以上の検討によれば, 前記1の当裁判所の主な認定事実(2)及び(3)が認められ, 控訴人は,被控訴人に対し,不法行為に基づいて,被控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う。
3 争点1(2)(被控訴人の損害の有無及び金額)について
被控訴人の治療関係費については,合計2万8300円を本件と相当因果関係のある損害と認める。
また,被控訴人の慰謝料等については,被控訴人は,控訴人の加害行為によって,深刻な肉体的・精神的苦痛を被るなど,被控訴人の被った精神的苦痛は著しいものであったこと,一方,被控訴人は,酔余の上,記憶を無くしてしまい,本件行為が偶発的に行われたとの事情(デートレイプドラッグが使用された事実は認められない。)があることなど,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,300万円と認めるのが相当である(弁護士費用は30万円)。
したがって,被控訴人は,控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,332万8300円及びこれに対する遅延損害金を請求できる。
4 争点 2(1) (本件公表行為が控訴人に対する名誉毀損又はプライバシー侵害として不法行為となるか)について
(1) 名誉毀損の不法行為の成否について
ア 本件公表行為は,いずれも控訴人の社会的評価を低下させるものであるが,いずれも公共の利害に関する事実に係りかつ,その目的が専ら公益を図ることにあると認められ,デートレイプドラッグの使用に関する公表行為を除くものは,真実性又は真実相当性が認められるから,違法性を欠き,もしくは被控訴人に故意又は過失が認められず,不法行為は成立しない。
イ 他方, デートレイプドラッグの使用に関する次の公表行為には,真実性又は真実相当性が認められず,被控訴人に不法行為が成立する。
(ア)「酔って記憶をなくした経験は一度もありません。 普段は2人でワインボトル3本空けて もまったく平気でいられる私が仕事の席で記憶をなくすほど飲むというのは絶対にない。だから,私は薬(デートレイプドラッグ)を入れられたんだと思っています。」との記述(本判決の本件公表行為(1)⑤。 以下「本件公表行為 (1)⑤」という。) について
a 上記記述内容は, 一般の読者の普通の注意と読み方とを基準としてみると,控訴人が被控訴人に対し,デー トレイプドラッグを飲ませた上で,被控訴人との本件行為に及んだとの事実を摘示すると認められ,控訴人の社会的評価を一層低下させる。
b 真実性について
本件記録を精査するも,控訴人が被控訴人に対し,本件行為前に,デー トレイプドラッグを飲ませたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく, 上記摘示事実は, その重要な部分について真実であるとは認められない。
c 真実相当性について
被控訴人は, 酒に強い体質を有していたとしても, 当時, 相当量の飲酒をして強度に酪訂した状況にあったことから, 被控訴人のそれま での飲酒による個人的な体験との比較において, デー トレイプドラッ グが使用されたといった事実を合理的に裏付けることはできない。 また, 被控訴人は, 控訴人がデートレイプドラッグを使用したことの客観的な裏付けを得ることが困難であることを知悉しており,本件行為を受けてから本件公表行為(1造)を行うまでの間控訴人が不起訴処分となり, 検察審査会への異議申立ても棄却されたなどの事情があるほか, 被控訴人において, 科学的な見地から具体的にどのような調査をした上で, いかなる具体的な根拠をもって, 真実だと信じるに至ったのかについては, 必ずしも明らかとはいえない。 そして,そのような表現をするのであれば,相応に慎重な検討が求められる場面であったことも考慮すると, 控訴人が被控訴人に対し, 本件行為前に,デートレイプドラッグを飲ませたとの摘示事実について,それを真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえない。
d 以上の検討からすれば,被控訴人の行った本件公表行為(1)⑤は違法であり,不法行為が成立する。
(イ) 「インタ ーネットでアメリカのサイトを検索してみると, デートレイプドラッグを入れられた場合に起きる記憶障害や吐き気の症状は,自分の身に起きたことと,驚くほど一致していた。」との記述(本判決の本件 公表行為(3)17。 以下「本件公表行為(3通)」という。)について
a 上記記述内容は, 一般の読者の普通の注意と読み方とを基準としてみると, 被控訴人において気分が悪くなって記憶をなくした原因が控訴人からデートレイプドラッグを服用させられたためであることを摘示すると認められ,控訴人の社会的評価を低下させる。
b 真実性及び真実相当性について
前記げb及びcと同様の理由により, 上記の摘示事実は,その重要な部分について真実であるとは認められず,被控訴人が,上記の摘示 事実について, それを真実と信ずるについて相当の理由があるということはできない。
c 以上の検討からすれば,被控訴人の行った本件公表行為(3)17は違法であり、 不法行為が成立するというべきである。
(2) プライバシー侵害について
ア 本件公表行為のうち,デートレイプドラッグの使用に関する公表行為については,被控訴人に不法行為が成立するが,その余の公表行為については,事実を公表されない控訴人の法的利益が,被控訴人においてこれを公表する理由に優越するとは認められないから,被控訴人に不法行為は成立しない。
イ 本件公表行為(l)⑤について
(ア)公表された控訴人のプライバシーの内容は,控訴人が,婚姻外の女性である被控訴人と性行為に及んだことや,その際に被控訴人が意識不明であり,両名の間で性行為の合意がないことに加え, 控訴人が被控訴人を意識不明に陥らせるためにデートレイプドラッグを使用したと主張されていることであると認められ, これらの事実はプライバシーに該当すると認められる。
(イ)控訴人がデートレイプドラッグを用いたと被控訴人から主張されている部分は,社会一般の正当な関心事であり,公共の利害に関する事実であると認められ, 被控訴人は,公益を図る目的や必要から本件公表行為 (1)⑤を行ったとみることができる。
しかしながら,被控訴人が本件公表行為(1)⑤を行うに当たっては,相応に慎重な検討が求められていたといわざるを得ず,また,控訴人がデートレイプドラッグを用いたとの事実が真実であるとは認められないから,犯罪行為として問責される余地もない。さらに,控訴人が同意なく本件行為を行ったことは真実であり,それが公表されることは,プライバシーとの関係でもやむを得ないこととしても,控訴人がデートレイプドラッグを用いたとの真実ではない事実を主張しているとの事実が開披されると,控訴人は,計画的に性的加害行為を行った者と受け取られるなど,より大きい不利益を被るおそれがある。
そうすると,控訴人が上記事実を公表されない法的利益は,被控訴人においてこれを公表する理由に優越すると認めるのが相当である。
(ウ) したがって,被控訴人において,控訴人がデートレイプドラッグを用いたとの主張事実を公表した部分は,控訴人のプライバシーを違法に侵害し,被控訴人に不法行為が成立すると認めるのが相当である。
ウ 本件公表行為(3)17について
(ア) 上記記述内容のうち,デートレイプドラッグの使用に関する部分は,控訴人が被控訴人に対してデートレイプドラッグを服用させた旨が主張されているとの事実を摘示し,一般には知られておらず,また,一般人の感受性を基準として,公表を欲しない情報であると認められるから,控訴人のプライバシーに該当するというべきである。
(イ)前記イ(イ)と同様の理由により,被控訴人において,控訴人がデートレイプドラッグを用いたとの主張事実を公表した部分は,控訴人のプライバシーを違法に侵害し,不法行為に該当する。
5 争点 2(2) (控訴人の損害の有無及び金額)について
(1) 控訴人の慰謝料額について
控訴人は,本件名誉毀損及びプライバシー侵害行為によって,その社会的評価が低下し,その活動や個人生活等につき不利益を被ったと認めるのが相当である。他方,控訴人は,被控訴人に対して性的加害行為に及んだものであり,これを公表されることによって,著しくその社会的評価が低下したものと認められる。デートレイプドラッグの使用は,その加害行為の手段・方法という事実関係の一部にとどまり,その点が公表されたことにより控訴人の社会的評価が低下した程度は,性的加害行為が公表されたことにより控訴人の社会的評価が大きく低下した程度に比して, 大きいとは認められない。その他,本件記録に顕れた諸般の事情を考慮すれば,控訴人の慰謝料は,50万円と認めるのが相当である(弁護士費用は5万円)。
(2) 控訴人の営業損害について
「控訴人は,本件名誉毀損及びプライバシー侵害行為により,営業損害を被ったとは認められないから,控訴人の営業損害を求める請求は理由がない。
(3) 以上によれば控訴人は,被控訴人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,55万円及びこれに対する平成29年10月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
6 争点 2 (3) (謝罪広告掲載等の要否)について
被控訴人に対して,慰謝料の支払を命ずることに加えて,謝罪広告等を命ずるまでの必要性を認めることはできない。
第4 結論
よって,本件控訴及び本件附帯控訴はそれぞれ一部理由があるから,原判決中,反訴請求に関する部分を取り消して,被控訴人に対し,55万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じるとともに,原判決主文1項及び第2項を変更して,控訴人に対し,332万8300円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じ,その余の各請求(附帯控訴を含む本訴請求及び反訴請求)は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
以上